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神戸地方裁判所 昭和54年(わ)3号 判決

主文

被告人全勲を懲役七年に、被告人李慶相を懲役四年に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各二〇〇日をそれぞれその刑に算入する。

訴訟費用のうち、それぞれの国選弁護人に支給した分(国選弁護人松下宜旦に支給した分のうち同弁護人が被告人李慶相につき解任されるまでの分は除く)は各被告人の負担とし、その余の分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人全勲は、パナマ籍貨物船クラウンスター号の甲板長であり、被告人李慶相は、同船の一甲板員であるが、被告人両名は共謀のうえ、

第一  営利の目的で、覚せい剤を本邦内に輸入しようと企て、昭和五三年一二月一七日午後六時ころ、神戸市生田区港島七丁目ポートアイランドライナーパース一二号岸壁に停泊中の同船内から、ポリ袋三袋に封入された覚せい剤フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩一キロ四八四・七四八六グラムを、被告人李において、着衣の中に隠匿、携帯して同岸壁に上陸し、もって、覚せい剤を輸入し、

第二  前同日同時刻ころ、同所に停泊中の同船内から、前記覚せい剤を、被告人李において、前記方法により隠匿、携帯して同岸壁に上陸したうえ、指定保税地域である同岸壁を経て、そのころこれを市中に引取り、もって税関長の許可を受けないで覚せい剤を輸入するとともに、偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税七万一、六〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の所為は、いずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条に、判示第二の所為中関税逋脱の点は刑法六〇条、関税法一一〇条一項一号前段に、無許可輸入の点は刑法六〇条、関税法一一一条一項に該当するところ、判示第二の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い関税逋脱罪の刑で処断することとし、各所定刑中判示第一の罪については有期懲役刑、判示第二の罪については懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人全勲を懲役七年に、被告人李慶相を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうちそれぞれ二〇〇日を右各刑に算入し、訴訟費用のうち、それぞれの国選弁護人に支給した分(国選弁護人松下宜旦に支給した分のうち同弁護人が被告人李慶相につき解任されるまでの分は除く)は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを各被告人に負担させ、その余の分は同法一八一条一項本文、一八二条を適用して被告人両名に連帯して負担させることとする。

なお、本件覚せい剤は被告人ら(犯人)が所持するもので実体法上は、覚せい剤取締法四一条の六本文により没収の対象となりうるものであるが、所有者不明のため手続的にはさらに「刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法」所定の手続を履行しなければ没収することは許されない。ところで、本件は同法二条二項の場合に該当し、同条項によれば「価額が五千円に満たないことが明らかな物」については検察庁の掲示場における掲示で足りるがそれ以外の物については、検察官は一定の事項を官報及び新聞紙に掲載したうえ検察庁の掲示場に掲示する手続をとらねばならない旨明記されている。事柄の性質、物の価額が明らかに五、〇〇〇円に満たないとされる場合とそうでない場合の公告の方法に格段の差異があることに徴すれば、物の価額が五、〇〇〇円に満たないことが「明らかな」場合というのは字義どおりに、そのことが一見明白な場合を意味すると解すべきである。そして仮に検察官において価額が五、〇〇〇円に満たないことが明らかであるとして検察庁の掲示場における掲示のみ履践しているが裁判所が右明白性の判断に疑問を抱く場合は、事柄の性質に鑑み、前記公告手続の要件を充さないものとして同法七条本文により当該物の没収の言渡をしないことができると言うべきである。これを本件についてみると、検察官は本件覚せい剤につき検察庁の掲示場における掲示のみを行っているのであるが、右覚せい剤は一キロ四八四・七四八六グラムにのぼる大量のものでありそのこと自体からして、右覚せい剤の価額が五、〇〇〇円に満たないことが明らかであるとは直ちに言えない(また明白性の立証もない)。(単に「価額」とある以上それはあくまで社会で流通する場合の価額であることが予定されていると解されるのであって、本件覚せい剤が覚せい剤取締法違反の罪に係る覚せい剤であるからといってそれだけでその価額をゼロとみるのは相当でない。)。従って本件覚せい剤については検察官は本来同法二条二項本文の手続を履践する必要があったと言うべきであり、右手続がなされていない以上、本件覚せい剤を没収することはできない。(かく解した場合でも、判決が確定した後検察官が刑事訴訟法四九九条所定の公告の手続を行なった際、所定の期間内に還付の請求がないときは覚せい剤は国庫に帰属することとなり、公告前若しくは公告後の所定の期間内に還付の請求があった場合は覚せい剤の適法な所有者でない限りその請求人は直ちに覚せい剤取締法違反の罪(所持罪)の現行犯人として逮捕され同時にその覚せい剤も押収されることとなるわけであるからいずれにしても没収されなかった覚せい剤が社会に再び害毒を流すことはあり得ず、決して不当な結果とはならない。)

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋通延 裁判官 寺田幸雄 若宮利信)

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